ただいまあ、とヘロヘロ状態で帰ってきた秋恵に「おかえり」と返してあげると疲れたと呟いてそのまま机に突っ伏した。
「今日大変だった?」
「うん、テレビでやってない?渋谷でのサプライズライブ」
「ああー……やってたかも」
夕方のニュースで人気アイドルによるバレンタインのサプライズライブの話はやっていた気がする。
警視庁機動隊で日々人ごみの整理を仕事とする秋恵は人々が浮かれる日こそ忙しい、という難儀な状態に置かれているおかげでむしろ秋恵の心配をしていたけれど夕飯の準備が忙しくてちゃんと見れていなかった。
「夜ご飯食べる?」
「うん」
夕ご飯はにんにくの効いたトンテキに野菜たっぷりのコールスローサラダと昨晩の残りの筑前煮、大盛りごはんにあおさのみそ汁。体力仕事のあとには嬉しいがっつり系だ。
いただきますと手を合わせてにこやかに食べるのを見ていると、つくづくかわいらしく見えてしまう。
学生の時は長女として母親代わりにちゃんとしなくちゃいけない意識が強すぎてひどく張り詰めたようなところがあったけれど、今は年相応の顔もよくするようになった。年頃のお嬢さんの癖に食事量が多い?体力仕事なんだからご愛敬だ。
それでもよく咀嚼して飲み込むし綺麗な三角食べなあたりに妙な育ちの良さを感じてしまう。
「ごちそうさま!」
「ほんといつ見ても清々しい食べっぷりだわ」
「春賀に比べたら少ないって、まあ向こうはマジもんのアスリートだからあんまり比較になんないけどさ」
「真ん中の妹さんだっけ?」
「うん」
秋恵の妹たちのことは彼女の口から聞くばかりだが、竹浪家の四姉妹は実に仲良しで全員がバラバラに暮らしている今も連絡はこまめに取り合っているというからつくづく仲が良い。
「洗い物お願いしていい?風呂入ってくる」
「どうぞ」
風呂場へ向かっている間にお皿を全部食洗器に入れてスイッチオン。
バレンタインデーらしいものとして用意しておいたものを棚から引っぱり出して、ちゃちゃっと準備をしているうちに秋恵が風呂から上がってくきた。
「ほんといっつも烏の行水よね」
「あんまり長風呂って好きじゃないんだよ、ところでなんか作ってる?」
「バレンタインデーだからホットチョコレートをね」
「瑞穂さん用意してたの?」
「まあね、来年は秋恵が用意してね」
「はあい」
そう言ってホットチョコレートのマグに手を伸ばそうとする秋恵に「待った」をかけて、ちょっとしたサプライズを引っぱり出してくる。
「このままでも美味しいけど、ちょっといいウィスキー垂らしたらもっと美味しくなると思わない?」
引っぱり出してきたのは秋恵の生まれ故郷である九州で生産されている珍しいウィスキー。せっかくのバレンタインで、明日はお休みなのだからこれぐらいの贅沢は許されるだろう。
「……めっちゃ思う」
「じゃ、入れよっか」
息子はもうぐっすり寝ているからこんなもの引っぱり出してもバレないし、チョコとウィスキーの組み合わせは美味しい。
もう秋恵は出逢った時の張りつめた目をした15歳じゃない、成人式も過ぎた立派なお巡りさんなのだ。
ちょっと大人なバレンタインデーも許容範囲内だと思うでしょ?



ぴくぐらバレンタイン参加作品。擬人化百合と迷って秋恵ちゃんの話になりました。